京都伏見 浄土宗 常光山 等泉寺

神明社

等泉寺について


 

 

等泉寺阿弥陀如来像

制作年不明

等泉寺本堂には、千手観音像と平安時代の僧である恵心僧都(えしんそうず)の作であると伝えられている阿弥陀如来像が安置されています。



 

等泉寺山門

禁葷酒(きんくんしゅ)

 

等泉寺の門前には、禅宗の寺の入り口によく見られる「禁葷酒(きんくんしゅ)」と書かれた石碑があります。禁葷酒とは、なまぐさものと酒を禁ずるということを意味します。

 


倶会一処

(くえいっしょ)

 

 
「舎利弗。衆生聞者。応当発願。願生彼国。所以者何。得与如是。諸上善人。倶会一処。
舎利弗。不可以少善根。福徳因縁。得生彼国。」 
「舎利弗、衆生聞かんもの、まさに発願してかの国に生ぜんと願ふべし。
ゆゑはいかん。かくのごときの諸上善人とともに一処に会することを得ればなり。
舎利弗、少善根福徳の因縁をもつてかの国に生ずることを得べからず。」
等泉寺の墓地には無縁塔(無縁仏をまつり、供養する)がありますが、そこに刻まれている言葉です。
「ともにひとところであう」という意味ですが、会う場所とはもちろん「お浄土」です。

浄土三部経のひとつ「阿弥陀経」の中に出てくることばです。
愛別離苦とは親愛な者と別れるつらさ悲しみ、さけて通ることの出来ない仏教でいう四苦八苦の一つですが、特に死別は永遠の別れのように感じる事でしょう。しかしお浄土に生まれることが出来れば、先に分かれた人との再会が約束されているのです。
 
唐の高僧善導大師は「先立たば 送るる人を待ちやせん 花のうてなの なかば残して」とお詠みになっています。死に別れは一時のこと、先にお浄土に行って蓮台の半分空けて待っていますよと残された者を励ましてくださいます。
それにはまず我々がお浄土に生まれることが肝心です。先に行かれた人との再会を夢見て精進することを怠らなければ、間違いなく愛する人達と彼の国において再会することが出来る事でしょう。

 



 

智香尼肖像画

制作年不明(等泉寺蔵)
 

 


 

等泉寺本堂額 高泉書

高泉について

江戸前期の渡来禅僧。福建省生。高泉は道号、別号に雲外・曇華道人。
隠元の法嗣慧門如沛の法を嗣ぎ、隠元70才の賀に渡来した。
塔頭法苑院に住し、金沢の献珠寺、伏見の天王山仏国寺を開山、ついで宇治黄檗山万福寺第五代住持となる。
元禄8年(1695)寂、63才。


 


 

不動明王像

等泉寺蔵

 



 

 
 
 
 

等泉寺額

制作年 不明(等泉寺蔵)
 



 

 
 

千手観音像

 
等泉寺山門を入って右の地蔵堂に安置されています。頭上には岩間寺の刻印が彫られています。